ITの最先端技術といえば、AI・人口知能・ディープラーニングといった言葉の認知が広がる中、"量子コンピューター"という言葉を聞いたことはありますか?
量子コンピューターは、"高速計算ができるすごいコンピューターらしい"ということで徐々に知られるようになってきましたが、"量子"という言葉からくる理系分野の難解なイメージに加え、まだ研究段階の未知な部分が多い分野でもあるため、あまりなじみがないのが現状です。
本記事では、実用化に向けた研究が進む量子コンピューターの発展で期待される分野やできることを中心にわかりやすく解説します。
1. 量子コンピューターとは
量子コンピューターは、量子力学の性質を利用して、従来のコンピューターはもちろんスーパーコンピューターをも遥かに超える高速計算が可能であり、その速さは従来のコンピューターの1億倍のスピード!と言われています。
1.1 量子コンピューターの高速のひみつ
通常のコンピュータの動作原理は、0か1で表すビットが基本であるのに対して、量子コンピュータの場合は、0と1を同時に扱うことができる量子ビットという単位で計算を行います。
量子力学の性質である内部での大量のデータの重なりやもつれの状態が発生することにより、多数の並列計算が実現し、とてつもなく高速な計算が可能となります。
一方で、現在はまだどんな問題でも高速に正確に計算できるわけではないようで、重なり合ったデータから正しい答えを取り出す確率を上げるための方法には様々な工夫が必要であり研究が進められています。
1.2 現在使っているコンピューターの限界
近年のIT技術の進歩により、より効率的で生産性の高い技術が求められており、そのためには膨大なデータを即座に処理する技術が重要視されています。
あふれる情報の中からいかにして有益なものを的確かつ迅速に抽出するか、技術的な課題が上がる中で、現在使われている従来のコンピューターでは処理能力の限界が出始めていると言われています。
AI分野、IoT分野の発展に伴い、今後ますますデータ量は増え続けるとされており、大規模で難解な計算を得意とする量子コンピューターの可能性に注目が集まるようになってきました。
1.3 実用化にむけての研究開発が進行中
現在、米国や中国を中心に世界中で量子コンピューターを含む量子技術の研究・開発が活発です。
国内においても、企業や研究機関をはじめとし、国をあげて量子技術に注力しており、日本政府は2019年末までに量子技術の研究開発に関する戦略を策定し、今後10年に取り組む具体策を工程表にまとめると発表しました。
参考資料:量子技術イノベーション戦略の策定に向けて
2.量子コンピューターの可能性が期待される分野
量子コンピューターは、社会の様々な課題解決につながると期待されています。
2.1 モビリティ分野
量子コンピューターは、電気自動車などを利用したMaaS向け車両の円滑な運用や、交通データの最適化による交通問題の解決に向けて活用される可能性があります。
◆ EV(電気自動車)を利用したMaaS(Mobility as a Service)
MaaSとは、カーシェリングをはじめとしたシェアリングサービスや、様々な交通手段の利用に際してスマホから検索・予約・支払いを一度に行えるサービスの実施などの新しい取り組み。
移動の効率化、都市部での渋滞や環境問題、交通弱者対策などの問題解決を目的としている。
参考URL:総務省 MaaSとは
◆ 交通最適化
交通データを最適化して渋滞などの交通問題を解決したり緊急車両の優先的な経路を生成する。
2.2 金融ビジネス分野
◆ ポートフォリオ最適化
複数の投資銘柄の中から最適な組み合わせを選ぶこと。
◆ 将来株価予測・株価変動予測
◆金融商品の価格決定
◆リスク管理業務におけるシミュレーション
3. 量子コンピューターでできること
前章で量子コンピューターに期待がかかる分野について解説しました。
ここではもう少し詳しく、量子コンピューターの強みを活かしてできること・実用化が望まれていることを説明します。
3.1 画像認識への応用
最近よく耳にする機械学習とは、機械に学習する能力を持たせて、機械自身が自ら判断することを可能にすることですが、現在、この機械学習による顔認証、指紋認証、自動運転などの画像認識の技術が急発展しており、スマホへのログイン、生体認証など私たちの生活にも身近なものになっています。
量子コンピューターの量子ビットの性質を利用することで、この画像認識を識別する精度がさらに高くなると言われています。
3.2 堅牢なセキュリティ
量子コンピューターはその計算能力のすごさが語られる一方で、「量子コンピューターがすべての暗号鍵を解いてしまうのではないか」と、セキュリティ面では現行の暗号鍵技術を脅かす存在だとも言われています。
それに対応するために、耐量子コンピューター暗号という、量子コンピューターに解けない暗号化技術の開発も進んでいます。
同時に、量子コンピューターをセキュリティ面にも活かそうという試みから、量子テレポーテーションと呼ばれる技術の研究も盛んです。
量子テレポーテーションとは、超高速通信を可能にし、理論上、情報漏洩や盗聴ができないセキュリティを実現できると言われています。
3.3 組み合わせ最適化
莫大なデータの選択肢から計算を通じて最適なものを抽出することを組み合わせ最適化といいますが、これを実施するためにQAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)という量子アルゴリズムと量子アニーリングという技術が注目されています。
組み合わせ最適化による業務・生産の効率化が実現すれば、これまでの負荷やコストの軽減を期待することができ、 物流の配送ルート探索、新薬開発時の分子構造の決定、収益率が高い金融ポートフォリオの作成など広い分野に有効だと言われています。
4. 量子コンピューター開発における企業の最新開発状況
実際に、量子コンピューターの開発はどこまで進んでいるのでしょうか。量子コンピューター開発に注力する代表的な企業の開発状況をみてみましょう。
4.1 IBM
IBMが開発した14番目の量子コンピューターはこれまで最も強力で高性能であり、システムの中心にある基本的なデータ処理要素を形成する53個の量子ビットを搭載したモデルです。
2019年10月に量子コンピューティングの顧客がオンラインで利用可能となる同システムは、ひとつ前の20個の量子ビットからなる"IBM Q"マシンから大きく飛躍し、従来のコンピューターと量子物理学の融合を前進させるものになると期待されています。
【参考資料】
IBM's new 53-qubit quantum computer is its biggest yet
4.2 Google
2019年10月23日、Google社は、量子コンピューターを使って既存のスーパーコンピューターでは1万年かけて解く計算をたった数分で解くことに成功したと発表しました。
これにより、量子コンピューターが従来のコンピューターの計算能力を上回る量子超越性(Quantum Supremacy)を実証できたと述べています。
このニュースは数週間前にもフライングで発表され世間をにぎわせましたが、今回Google社は正式に、その実証結果の論文を英科学誌「Nature」にて報告しました。
今回の検証は、非常に限られた特定の問題やタスクによる検証結果であったと言われており、反論を述べる声もありますが、量子コンピューターの研究においては大きな意義のある実証結果だったと言われています。
【参考資料】
Nature:Quantum supremacy using a programmable superconducting processor
Google AI blog:Quantum Supremacy Using a Programmable Superconducting Processor
Financial Times:Google claims to have reached quantum supremacy
4.3 Microsoft
◆ Quantum Development Kit をオープンソース化
2017年に量子コンピューター用のプログラミング言語Q#を発表。
2019年5月に「Quantum Development Kit」をオープンソース化することを発表。
「Quantum Development Kit」は、Q#関連ツールやQ#のコンパイラ、量子シミュレータなどを含む、量子コンピューター用開発ツールです。
◆ 量子コンピューティング教育関連の学習コースを開設
2019年5月23日、Microsoft社は、数学や科学関連のオンライン学習サイトBrilliant社・Googleの親会社であるAlphabet社と協力し、量子コンピューティング教育関連の学習コース(Practice Quantum Computing)を開設しました。
量子コンピューター向けのプログラミング言語Q#を使って、量子ゲートや暗号化、超高密度コーディング、NISQアルゴリズムなどについて学べるようになっています。
5. まとめ
量子コンピューターは未知数の可能性を秘める成長が期待される分野です。
ここ数年で、AI分野がめざましい発展を遂げ実用化が進んだのと同様に、多くの期待を背負う量子コンピューターも、各国の政府・世界の名だたるIT企業を中心として研究開発が進められており、不可能だと言われた技術の実現にも着実に近づいているといえるでしょう。
また、量子コンピューターは従来のコンピューターの代替ではなく、それぞれの特徴や強みを生かして共存しながらIT社会で活用されるとも期待されています。
私たちの生活に身近なものになる日もそれほど遠くないかもしれませんね。